50歳を目前にして、最近、人が年をとっていく姿を少し違う目で見るようになった。
かつて憧れていた人たちの中には、年をとるほど魅力的になっていく人がいる。一方で、若く見せようとする戦いが、むしろ目立ってしまっている人もいる。
では、自分はどうやって年をとっていけばいいのだろう?
日本では、これはもはや個人的な問いでもない。すでに人口の約30%が65歳以上。そして2037年には、3人に1人が65歳以上になる。
不思議なことに、その答えをLuxuryはすでに知っているのかもしれない。
日本ではヴィンテージのSubmarinerの価値がますます高まっている。Mercedes W123には新しい世代のファンがついている。Tom Ford時代のGucciが再発見され、東京のアーカイブショップでは、90年代のMaison Margielaのジャケットがガラスケースに収められている。
昨日までの「古い」が、今日はcollectibleになる。
さらに今、「不便さ」にまで人はお金を払う。機械式時計、レコード、古いクルマ。どれも最新のものより手間がかかる。それでも、人はそのfrictionに喜んでプレミアムを払う。
Luxuryは何世紀にもわたって、時間が価値をつくることを教えてきた。Patina、provenance、character、rarity。
どうやら、人間だけは例外らしい。
Beautyも変わり始めている。いまだに「時間を消す」ことを約束するブランドもあれば、age positivityやageing gracefullyを語るブランドもある。
でも、どちらもまだ、本当に憧れられる答えにはたどり着いていない。一方は年をとることと戦う。もう一方は、年をとることを受け入れようと言う。
その次にあるのは、age acceptanceではなく、age aspirationなのではないだろうか。
今のところ、それをagecraftと呼んでみたい。
時間と戦うのでも、ただ受け入れるのでもない。時間とともに、もっと良くなっていくこと。もっと自信を持つ。もっと個性的になる。もっと自分らしくなる。
機会は、広告の中で高齢者をより良く描くことだけではない。年をとることそのものを、より魅力的に描き直すことだ。
ブランドにとっては、ageingそのものをaspirationalなものにすること。若く見えることでも、「年齢のわりには素敵」であることでもない。時間とともに、もっとその人らしく、もっと魅力的になっていくこと。
僕たちは、ヴィンテージのSubmarinerのpatinaを美しいと思う。
優れたアーカイブファッションは、新品のふりをすることで魅力的になるわけではない。時間とともに、より「そのものらしく」なることで価値を増していく。
僕たち自身も、そういう年のとり方を目指していいのかもしれない。
VML & Ogilvy Japan
チーフ・ストラテジー・オフィサー
名古 塁